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現代人は「悲しみ」の感情が失われつつある

WIREDに衝撃的な記事があったのでシェア。

 

人から「悲しみ」が失われている。そんな大胆な仮説を、米デトロイト工科大学(DIT)で人工知能の研究を行っているアッティカ・ブラウン教授が明らかにした。まだ、検証された研究成果ではないが、人間の脳にいま重大な変化が起きているのではないかという懸念から、その内容を仮説として、自身のブログで発表した。

 

「本来、悲しみの感情は、社会的倫理観、すなわち自分や他者の行動に対する正義感、罪悪感といったより複雑な感情を形づくるベースとなっています。近年、ソーシャルネットワークでの活動において、人は、本当の自分ではなく、さまざまな自分に擬態してコミュニケーションをおこなっています。それが脳に与える影響は、わたしたちが想像している以上に大きいと言えるのかもしれません。こうした環境に慣れてしまうことで脳が感情の捏造を繰り返し、そのことで、本来の感情野が退化しはじめているということがおこっているのかもしれません。自分をよく見せようという意識が、感情の捏造に留まらず、モラルやマナーの低下を引き起こすのではないか、とわたしは危惧しています」

 

 

子どもの頃は、親に怒られて悲しかった、友だちと離れて悲しかった、という

胸をギューっと締め付けられるような感覚が確かにあったのに、

確かに今はそんな瞬間がないな、と思いました。


大人になったからだと思っていましたが、

実際に失われているのだとしたら驚きです。

 

SNSがあるので、人と本当に離れてしまうことが無くなったように見えるから?

簡単に浅く広く友だちができるようになり、大事にしなきゃいけない人間関係が減ってしまったように感じるから?

SNS上の自分の分人が、ネガティブな感情を代わりに受け止めてくれるから?


記事にも出てきている「擬態感情」、そしてSNSへの指摘は、「分人」という考え方と同じだと考えます。


平野敬一郎さんの書籍でも度々出てくる「分人」、

過大なストレスから身を守るためにも、大事な自己抑制の手段だと言われています。

実は、私の会社の研修でも、接する人のタイプ別、自分のタイプ別の分人の作り方・考え方に関するものがあります。

分人をつくることは、昔よりはるかに多くの人や情報に接するようになった現代人には、物事を進める有効な手段だと考えられているようですね。


 

でも、そんなに都合よく「このことはストレスが多いから、表面的な分人Aで」「こっちは分人B、素の自分に近い感じで」みたいに切り替えられるものなんでしょうか?

大事な人・コトに対しても、いつしか仮想的な自分で付き合ってしまうように、脳が変わっていっているとしたら?

 

そんなことを想像してしまう、

本当に怖い記事でした。


 

以前、義母に恩師を本を紹介した所、

最初の数頁を読んだだけで完全に感情移入してしまい、泣きだされました。

そのときは、「なんて純粋な人なんだろう」と思いましたが

分人のない、「そのまんま」な方なのだと思います。

もしかしたら、SNSに全く触れることなく生きてこられたからかもしれませんね。

 

自分には大事な家族がいるし、

彼らがいなくなったり、連絡が取れなくなってしまったら、本当に悲しいと思います。

そのときに、自分の悲しいと感じる脳の部分が錆びついているとしたら、どんなことが起こるんでしょうか?

 

 

VIA:人から「悲しみ」が失われている:デトロイトの人工知能学者が唱える仮説 « WIRED.jp

本文では省略しましたが、上記リンクには、悲しい時に通常反応するはずの分野が反応せず、別の部分で表層的に悲しみを感じている「擬態感情」が起こっているということが詳しく書かれています

 

 

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