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「私が思うオシャレでかわいい服」を娘は喜ばないという話

 

世はインスタグラム全盛期、私もオシャレ子供服やらオシャレご飯などを眺めては「いいなあ」とため息をついています。服を着て写真を撮られている子供たちを見ていつも思うのは、「なんでそんなに大人しく着てくれるの??」ということです。超うらやましいんですが。

うちの娘(3歳なりたて)は意思が強いのか好みがうるさいのか、私が良かれと思って買ってくる服は喜ばないし頑として着ません。親が思う可愛さとか着やすさとか、既にある服との組み合わせなど散々悩んで買ったあげく「これやだ」と言われるのは地味に堪えるんですよね。

 

12歳のトレンチコート

それで思い出したんだけど、私が12歳だった頃フードのついたニットコートが流行っており、欲しかったので母に相談してみたんです。私はカッチリしたコートしか持っていなかったので、ちょっと遊びに行くときに羽織れるものが欲しいな、と。ちょうど秋口だったし。

 

それを受けて母が何を買ってきたかというと、トレンチコートでした。ロング丈で、テラコッタのような赤茶色。今でいうテロンチに似たゆるいトレンチです。私が欲しかったものとは全く違うものだったので抗議すると、「いい物だから」「似合うから」など私からすると見当違いなことを言われ、言い合いになり泣きました。友達と公園でお菓子を食べながらしゃべっているシーンに、トレンチコートが合うと思ったのでしょうか?今ではトレンチを着ている子供は珍しくないのですが、当時はそうではありませんでした。そのコートは一度も着なかったのに、ずっとクローゼットにあったのでよく覚えています。

 

今になって考えてみると、母の思考が想像できます。トレンチとはいえいつものコートよりカジュアルな形だし、娘に似合うと思ったのかも。あるいは、子供たちの中で目立つということを良い意味で捉えていたのかもしれません。しかし、12歳の遊び着にあのシブいトレンチはないなあ、と今なら笑って思えます。母なりに色々考えて買ってあげたのに、全く喜ばれなくて腹が立ったでしょうね。今みたいに子供向けの大人っぽい服が安く買えなかったので、値段も高かったんだと思います。今は子どものトレンチなんてUNIQLOでも売っているしね。

 

「娘の持ち物で楽しむこと」を手放してみる

私にとって子供部屋のインテリアに凝ったり、子供服を買ったりするのは自分用以上にめちゃくちゃ楽しい行為です。でも、子供の世界では大人目線でオシャレに見える服に需要はなく、自分の好みもあれば、もしかしたら友達と馴染みたいだけかもしれない。服に興味がない子、あるいは親と好みがぴったり一緒な子ならいいのでしょうが、娘はそうではないようです。親子で似ちゃったんでしょうね^^;娘の持ち物は、自分で選んでもらうようにします。

 

勝手に妄想していた「楽しい子育て」からまた一歩離れていくようですが、自分の中では子供の頃の自分を振り返れるいいチャンスになりました。私はずっと母に対して重苦しいような、でも認めてほしいような思いを抱いていたのですが、娘を見ていると「こうすれば良かったのだ」ということが分かってきました。そしてずいぶん気持ちが楽になりました。娘を肯定することで、あの頃の自分を肯定してあげられるような気がするのです。成長の追体験を通して自分を肯定できるようになったこと、それは娘を生んで良かったことの一つです。

 

娘はオシャレだ(たぶん)

この流れにまったく関係ないのですが、娘はオシャレな子だという気がします。2歳から服を手が届くところに収納するようにして、毎朝自分で服の組み合わせを考えているのですが、ちゃんと色や丈が統一されていたり、良く見ると差色が共通していたりして見ていて楽しいです。たまに柄柄!色色!とド派手なときもありますが、それはそれで面白かったり。「なるほどそういう着方があるのか」と気づくこともあります。親バカかもしれませんが、自分なりのセンスを育ててくれたらいいなと思います。

 

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インスタグラム始めました。もう五回目くらいかも。いつもうまく楽しめないので、今回は続くといいな( ^∀^)娘のファッションは、載りません笑

 

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