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タンジェリン(2015年、アメリカ)

タンジェリン [DVD]

「フロリダ・プロジェクト」が素晴らしすぎたので、同じ監督の過去作品を見てみた。こちらは全篇アイフォンで撮影しているらしい。

まず最初に言っておきたいが、「ショボいカメラで撮っている」という感じは、全くない。なんだ、アイフォンでよかったんじゃん。CMだってアイフォンで取ればいいのかもしれない。ただ、ところどころ画面の揺れがひどいところがあるので、苦手な人にはつらいと思う。

フロリダ・プロジェクトのようなレイヤーの多さ、深さはないものの、しみじみとしたヒューマンドラマで、けっこう好きな方だった。貧しく虐げられている人たちへの優しい目線があり、かといってスカッとするような一発逆転物語では決してなく、その現実の中にある小さな幸せや救いを丁寧に描くような作品だ。

 

トランスジェンダーの黒人男性、シンディとアレクサンドラ、そして隠れゲイのタクシー運転手が主軸となった、とあるクリスマスイブの話。シンディは何かの罪で出所したばかり。アレクサンドラとお茶していたら、服役中、彼氏のチェスターが浮気したことを聞かされる。激怒したシンディはチェスターの浮気相手である「Dなんとか(名前が中盤で判明する)」を探しにロサンジェルスの街を歩き回る。アレクサンドラは歌手志望で、その夜の演奏会を楽しみにしている。

 

シンディは浮気相手を見つけ、彼女を裸足にして引きずり回す。アレクサンドラは歌が上手いわけではなく、自分でお金を出して演奏会をしたことが分かり浮気相手にバカにされる。タクシー運転手はゲイであることが義母にばれて、馴染みのシンディとアレクサンドラともども「汚らしい」と罵られる。

 

最後に向かってどんどん悲惨な状況になっていくのだけれど、本人たちの明るく面白い人柄、コミカルな雰囲気がずっと漂っている。

 

個人的に気になったのは、浮気相手の「Dなんとか改めダイナ」。シンディたちと違って友だちもいなさそうで、シンディのせいで売春宿からは追い出され、絶望した表情で座り込むシーンがラストカット。ガリガリに痩せた体や病的な顔もただただ怖くて、登場人物の中で一番不幸そうに見えた。なんだかんだ言ってピチピチして楽しそうな主役二人とは対照的だ。

 

タクシー運転手の義母は、彼の作品の中では象徴的な人物像なのだと思う。フロリダ・プロジェクトの中だと、向かいのモーテルの支配人の女性に当たる。安全圏からナチュラルに社会から外れた人を見下し、自分の主義を公然と口にしてやまない。

タクシー運転手の妻は、おそらく夫がゲイであることを見抜いているであろう。そのうえで「この家で働いているのは夫だけだから」、見ないふりをしているようだった。

 

それから、タクシーに乗ってくる個性的な人たち。自撮りするアジア人女性、目的地もなく乗り込む老いた白人男性、酔っ払って吐く男性二人組。フロリダ・プロジェクトにはあまりこういう無関係な人物は出てこなかった(唯一いたのは、トップレスでプールサイドにいて、ウィレム・デフォーに注意される女性くらいか)。話の骨格はすっきりしているものの、主人公の間をこういう雑音のような人物が通り過ぎていくのがまた良かった。これらの人物が、「クリスマスイブだから」という一点で様々な意味を持つのも面白い。