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野火(2014年・1959年、日本)

野火

映画「野火」の市川崑バージョンと塚本晋也バージョンを見ました。大岡昇平の「野火」が有名ですし、あまりネタバレが関係ない映画だと思うのですが、内容が分かることを書いているので未見で気になる方は読まないでね。

 

寄る辺なくなった兵士たちの飢えと狂気

第二次世界大戦末期、フィリピン戦線で敗戦が決定的になった頃の日本軍陣営が舞台。空からは予想できない爆撃、食料はない、ジャングルをさまよえばゲリラが襲撃してくるという絶望的な状態で、次第に精神を病んでいく日本兵たちの姿が描かれています。


わずかに残っていた希望を一枚ずつ削がれていくシーンが段階的に提示され、衝撃的なラストに向かう構成になっています。

①病気で働けなくなり陣地から事実上追い出される ②野戦病院が爆撃される ③ヨレヨレの兵士が集まって集結地だというパロンポンを目指すも、夜間に谷を通過するところを米軍の戦車に掃射される ④昼になり死体の山の前で降伏しようと褌を白旗に見立てて振ろうとするが、先に降伏しようとした日本兵が銃殺され諦める ⑤行き倒れていたところを永松に助けられるが、永松は人肉を食べて生きていたことを知る

こう並ぶと重すぎて見進めるのが難しく感じるんだけど(実際非常に重いテーマなんですが…)、実はどちらのバージョンでもコミカルだったり夢うつつといったような雰囲気があり、色んな意味でギリギリ最後まで観てしまう作品でした。実際の兵士の頭の中では、このように世界が見えているのだろうと思いました。

 

塚本版と市川版の違い

実は2014年版も1959年版も時系列は同じであり、リメイクでもリブートでもないということが一つのポイントです。そういうわけで起こる事柄やセリフはだいたい共通しています。それでも全然違って見えるのが面白いところ。はっきりした違いは、モノクロかカラーかということと、ラストに向かう内容です。


大きな違いであるラストの流れの違いです: 

塚本版のラスト:田村は知らずに人肉を食べてしまい、(色々あって永松らは死んで)その後敵軍に収監され無事に帰国するが狂気に囚われている

市川版のラスト:田村は歯が抜けたので人肉を食べずに済み、(色々あって永松らは死んで)野火に向かって走り現地人に撃たれて死ぬ

 

市川版は兵士同士が普通のトーンで人間的な会話をし、人間らしい優しさもありゴア描写も少ないのですが、状況が悪くなり次第に狂気に囚われていく…という流れになっています。主人公・田村は市川版の方が最後まで人間らしくあろうとし、だからこそ生き続けることができなかった。市川版のラストは原作小説とは違うのですが、「戦争とヒューマニズム」というテーマのように感じられ、市川版に関してはこのラストの方がしっくりきました。

市川版で印象的だったシーンは、野戦病院が襲撃されたとき負傷した患者たちが小屋から芋虫のようにゾロゾロと這い出してくるシーン、それからパロンポンに向かう死の後進の途中で空爆にあい、全員が伏せたものの何事もなかったように生きている者だけが立ち上がり、死んだ者をそのままにしてまた行進を始めるシーンです。これらは人間が人間に全く見えない不思議さがあり、少し演劇的な感じがし、興味深かったです。

 

一方で塚本版は最初から人間社会が機能していない状態で、優しさや威厳みたいなものが全く描かれません。戦争というよりは人間が虫や小動物になって泥の中で絶えずもがき、生死が軽く感じられるような状態です。主人公の田村は人肉をおそらく知っていて食べ、それでも永松の殺人を目の当たりにしてそれが認められなくなり…気づけば日本の自宅に戻っているが、もう元の田村には戻れない、そういう描かれ方をしていました。

印象的だったのは、大きな蛆が這う死体と思われる男が「あー!?」と返事するシーン、これは市川版にもほぼ同じシーンがあるのですが、塚本版の方がよほど効果的に見えました。なぜかは分からないのですが…。もう一つはブーゲンビリアや現地の男女の瑞々しい美しさ、永松の無垢な動物のようなまなざし。死を描いているのに、強烈に生を感じる作品です。

 

反戦映画というよりは、宗教映画かもしれない

いずれにせよ、両方とも私が思う「戦争映画」という枠組を超えた、どこか宗教的で人間の根本を考えさせるような作品でした。例えば「硫黄島からの手紙」や「プライベートライアン」でも人が殺され傷つけられ、絶望する様子が描かれますが、そこには反戦や仲間愛、ヒューマニズムのようなテーマが根底に感じられます。

「野火」2作品では人間とそうでない物を分ける境界があいまいになり、社会規範は既になく、単に生物としての1固体があるのみ。泥の中に沈んでいる死体も亡霊のように歩いているのも変わりがないように見えます。宗教が誕生するときを見たような、不思議な読後感のある作品でした。

 

市川版「野火」はアマゾンプライムビデオで観られます。


市川監督作品はアマゾンにたくさん上がってるんだけど、見るなら「ビルマの竪琴」がおすすめかも。

 

塚本晋也監督作品の「鉄男」シリーズ第3弾the bullet manがアマゾンプライムに入っています。


塚本監督は、「鉄男」でも人間が人間でなくなる境界のようなものを描いている気がします。それに伴う痛みを、鋭い光や金属を擦り合わせたような不快な音で表現しているところなど、多くの共通点があるようです。