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ボロボロのヒーロー、アンパン男

子どものものを買う

アンパンマン大好きな2歳の娘に、ばあばが初期アンパンマンの絵本を買ってくれました。 

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

 

ついでに赤ちゃんの頃のアンパンマンの絵本も。 

アンパンマンたんじょう (アンパンマン・クラシック)

アンパンマンたんじょう (アンパンマン・クラシック)

  • 作者: やなせたかし,トムスエンタテインメント,キョクイチ=
  • 出版社/メーカー: フレーベル館
  • 発売日: 2005/08
  • メディア: 大型本
  • 購入: 2人 クリック: 23回
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初期アンパンマンはけっこうな衝撃作でした。

あんぱんまん (キンダーおはなしえほん傑作選 8)

飢えている旅人に自分の顔を食べさせるのですが、今のアンパンマンのようにちょっと千切ってあげるとかの生易しいものではなくガッツリと食べられます。しかも、砂漠に旅人を置いて飛び去るアンパンマン…。助けてあげてー!

頭を完全に食べられて、首なし状態でパン工場の煙突に墜落するアンパン男…

マントもパン工場もボロボロです。頭のアンパンも完全に食べ残しなく食べ切られるあたり、戦後の貧しい状況を反映しているのでしょうか。

最後は今までよりも一回り大きい頭を焼いてもらったアンパンマンが、ジャムおじさん(この時点ではパンつくりのおじさん)に「がんばらないとー!」と呼び掛けられるシーンで終わりです。なんだか、ヒーローと言うよりはボロボロに働かされている人という感じでなんとも郷愁があります。そもそも背景からして夕景スタート。じんわり。

 

色遣いもシブくてけっこう怖い絵が多いのですが、不思議と最近のアンパンマン絵本より娘の反応が良く、一度に平均5・6回読まされています。後書きにやなせたかしさんによる「ヒーローは本当はかっこ悪くてボロボロなはず。ヒロイズムとはそういうものなのだ。さて、こんな自分の本は受け入れられるだろうか?」という投げかけが書いてあり、実際に大成功しているのでかなりカッコいいと思いました。初期のアイディアは今見ているモノとはだいぶ違ったのですね。

 

こちらは現代の「アンパンマンの起源」を描いた作品。

アンパンマンたんじょう (アンパンマン・クラシック)

赤ちゃんのアンパンマン絵本ですが、これは別の意味で怖いというか不気味…?今のアンパンマンとほぼ変わりない姿のアンパンマンが、赤ちゃんの頭巾とおしゃぶりをくわえた状態で「アンパンマンでちゅー」「バイキンマンをやっつけるでちゅー」と言う感じです…。絵柄は今のアンパンマンと同じ、明るくて影のない描き方です。

なんと、初期のアンパンマンに出てくる冒頭のエピソード「今にも死にそうな砂漠の旅人を助ける」というのが出てくるのですが、元ネタとは違って赤ちゃんアンパンマンが一生懸命旅人をしかるべきところに送りとどける話になっています。顔を食べるシーンはナシです。

まあ、確かに赤ちゃん(まだ弱い存在)が一生懸命旅人を運ぶ姿は献身的ですし、そもそも旅人を安全なところに送り届けているので原作のアンパンマンよりも道徳的、なのかも。顔を食べるシーンがなくてグロくもないので、安心して観られます(?)。ちなみに旅人役はやなせ先生。

その後、バイキンマン(こちらも赤ちゃん)と戦う姿が描かれたり。バイキンマンは卵から産まれたらしい!菌じゃなかったのね。しかし、メカに強いバイキンマンも赤ちゃんの頃はショボイマシーンに乗っていたりしてこれまた郷愁を誘います。

 

アンパンマンは強くなり過ぎたか?

アンパンマンのアニメを見ていると、アンパンマンは必ず勝つ普通に強いヒーローになっており、バイキンマンがいくらひどくてももはやどうでもいいというか…悪と善の対立というパワーバランスを超えているように見えるんですよね。アンパン側は限りなくたくさんの仲間がいる(しかも徐々に増えている…?)のに対して、バイキン側は気ままでやる気のないドキンちゃんだけだし、ホラーマン・ホラホラコとカビルンルンも何の役に立っているのか不明です。そこをメカの力だけで切り抜けようとする孤独なバイキンマン。結構すごくない?まあ、悪さしなければいいという話なんだけれど、もともと「誰かの役に立つため」に目覚めたアンパンマン、問題をつくられなければ存在意義もありません。バイキンマンは必要悪なのです。

 

何を熱くなっているんだ?

初期のアンパンマンの必死さ・ボロボロさをみていると、無駄に熱くなってしまいました。そんなことはどうでもよくて、幼児たちの注意を抜群に引いてくれるだけで、アンパンマンたちは存在意義おおありなんですよね。うん。そこを忘れてはいけない!(何の話だ)



考え続けること

何でもないこと 考え事

 

先日は大学時代の恩師を食事にお呼びしました。鼻息からも知識がフンガーと漏れてきそうな博学な先生で(って当たり前か、)久しぶりに先生の話に浴していると色々と反省させられました。


会社員になって数年経ちましたが、仕事がラクになったと感じることがある一方、ラクになったというより、考えずに動いていることが多くなってきただけでは?とも思います。「こういう事態にはこう対処する」という経験が思考パターン化してしまっていて、しかも大体のことはそれでうまくいってしまったりするのです。

しかし、本当は案件によって多くの変数があります。そして、思ったより早いスピードで、技術も「大多数の人の考え方」も変わっていっているようです。

毎回新しいことをする必要はないけれど、いつでもその案件に対する最適解を、できるだけ広いプールの中から掬えるようにしたい。考え続けることが大事だと思ったのです。そしてそれは、効率厨の自分には、意識的にしなければいけないことでした。

 

情報は処理しきれないほど手に入れられますが、ぼんやり生きていると「面白いね」「スゴイ」くらいの感想しか持てませんでした。しかし、物事に対する見方の面白さって、その出来事の単純なインパクトよりも、それが起こってきた文脈や今後の影響力を計れるかどうかにかかってるんですよね。

そして、そのような文脈的・体系的思考を身につけるためには、「一つのことを自分なりに深く理解すること」が大事なんだと思います。一つのアンカーが打たれているから、他のことを知った時に、それが持つ時代的な意味や必然性が自分なりに想像できるというイメージです。

アンカーを持つと偏るけれど、偏っていればいるほうが面白いと思います。さらに、何かの話題を振られたとき、「そのことは専門外だから…」という姿勢ではなく、自分のアンカーにめちゃくちゃ引っ張られたことを言う人が面白い。


冒頭の先生の面白さって、最近話題の建築家の話をするときも、気に入っているアイドルの話をするときも、同じ建築史というアンカーに引っ張られているから。思いっきり偏っているけど、それが真理でもあるんですよね。日本のアートが西洋の文脈で再発見されたように、建築史家から見るアイドルもまた、全く新しい価値を纏っているのです。

 

 

楽○カードが選ばれる3つの理由

何でもないこと

 

スマホ広告って基本「誤クリック誘発」か「きわどい広告で目を引く」しかないような気がしていて、なんだかなあと思っている日々です。広告自体で目をひかんかい。

特に最近イライラさせられているのが「○天カードが選ばれる3つの理由」というアドで、この広告を何度間違って開いてしまったか分かりません。その理由としては、↓の辺りかなあと思っているのですが

1.出稿量がめちゃくちゃ多い

2.フルサイズが多い

3.気のせいかタッチ感度が高いような気がする(私だけ?)

間違ってタッチしやすいせいでますます広告にヒットしやすくなるという悪循環…。そんなにおすすめしてくれなくても、楽天○ード、持ってるから。もう勘弁してくれい。

 

で、最近この広告スゴイ、気になると思ったのがこれです↓

f:id:glasstruct:20160816130143p:plain

…マグロ???

シズルたっぷりで嫌な感じもなく、一応本体カラー赤を訴求できている(できている?)。何よりクリックしてみたい気持ちとその先のガッカリ感のバランスも良い。

さすがASUS、時代の最先端を行っておる。

 

短いですが以上です。

 

休みは仕様

何でもないこと 仕事 子どものお世話 家事短・家事分担

 

 

後輩の出退勤をチェックする作業があるんだけど、ある人の休暇の理由欄に一言「仕様」っていつも書いてあってつい笑ってしまいます。休む理由なんて書かなきゃいけない理由はないわけだし、「休みは仕様です」という意思表示なんだろうな、うん。面白いからこのままにしておこう(コラ)。

しかし、なんで休みの理由を書くのが必須になっているのか。今まで律儀に「子供の急病により」などと申し訳なさそうに書いていたけど、この彼を見習って一言「私用」と書いてみたらなんだかスッキリしました。


入社して数年間は、なんとなく会社への帰属意識というか、先輩上司に従属している感じがありました。平日の残業が終わったらみんなで飲み行くぞ、みたいなこととか、休日はホームパーティー、イベントへの顔出しとか。遊ぶのも会社の人と一緒。それで安心感があったし、忙しくて楽しいような気がしたし、打ち合わせの前後はそういう場で起こったことを話して盛り上がって、ますますチームに属しているような気分でいました。私の会社は比較的仲良し文化が根強いと思います。周りの友達の会社でも根強いみたい。一般的にはどうなんだろう。

でも子供が生まれてしまうと忙しくてほとんど行けなくて、いったん行かなくなると憑き物が落ちたみたいに興味も失せました。一度会社外の時間を持つと、人生は自分が望めばたくさんの側面があって、それぞれ楽しんだら時間を何倍にも使えるんだと思えました。明るい内に帰って夕日を見ながら家族で食べる食事とかって最高じゃないですか。18時に帰れば、寝るまでの時間はほとんど半日と言えるほど長くて、全く違う人生を生き直してるみたい。共働き子育て中だと忙しいとか時間がないとかの話題が多いんだけど、個人的にはものすごく平穏だなあと感じています。そして、見渡してみると会社内の仲良しの輪から外れている人って意外とたくさんいました。

この輪から脱出するタイミングは色々あって、出産・子育て以外にも本人の病気とか、介護とか、趣味が高じて…とかもあるのかもしれません。そういうものに最初から興味が無い人もいるんだろうけど、会社の仲良し文化が根強いと、気にする人は生きづらいだろうな。私はというと、今の自分がけっこう好きなので、子どもがいなくてずっと会社にいた人生を想像するともったいないことだなあと思います。会社ドップリだった時期も、そこでしか見えないものや会えない人がいたし、それはそれで楽しかったけど。

冒頭の彼のように、最近の新人は最初から「プライベートはほっといてくれ」というタイプがいるので、面白い変化だと感じています。

 

まあ、どっちでもいいんだけどさー。

CHECKERS in TAN TAN たぬき (1985年、日本)

映画の感想文 デザイン・建築

CHECKERS in TAN TAN たぬき Blu-ray

建築家の伊東豊雄さんの本を読んでいたら、彼の代表作の一つである「シルバーハット」という自邸についてこんな記述がありました:

「チェッカーズというタレントの映画でシルバーハットが撮影されたことがある。」

シルバーハットと言えば、同じく彼の代表作であるWhite Uの隣に建っていた仮設テントのような不思議な住宅です。「CHECKERS in TAN TAN たぬき」は1985年公開、シルバーハットの竣工年は1984年なので、新築の時に撮った映画ということになります。シルバーハットは今見ても斬新な建物ですが、当時最先端の建物として撮られたんだろうなあと思います。その後White Uは取り壊され、シルバーハットは移築されましたが、実際どんな風に建っていたのか知りたかったので見てみました。 

風の変様体―建築クロニクル

風の変様体―建築クロニクル

 

 

見てみると確かに重要な舞台の一つがシルバーハットでした。売れっ子写真家の家で、物語の重要なパートを担うアイドルが泊まりに来ます。あのアルミの家具に座ってセリフをしゃべっていたので感動しました。

「ごめんね、こんな狭い所で」というセリフがあって、これは伊東さんの手記でも「娘が自分の部屋でのロケの様子を夢見るように眺めてたけど、こんな狭い所でというセリフにえ、狭い所?とハッとなっていた」と書かれていたので笑ってしまいました 笑 ただシルバーハットは夜のシーンが多く、娘さんの部屋とポーチのところがメインだったので全体像がよく分かるほどではありません。まあそれでも十分かな。

 

ストーリーはチェッカーズというアイドルグループが実は狸だったというもので、バレて落ち目になるものの最後はファンたちが「たぬきだっていいじゃなーい」みたいなことを言って復活していましたよ。「昔のアイドル映画」というのはアイドルに関心が無い自分には見る確率がゼロに近いものなので、この度見る機会ができて良かったです。

当時大人気だったグループの映画の舞台ということで、その当時シルバーハットがいかに最先端でオシャレな存在と見られていたか分かった気がします。今の建築家がつくる建物がオシャレな存在としてドラマに出るか?と言えば否で、例えばシャープのテレビが隈研吾さんの茶室で撮られているとかの例はあるんだけどドラマはないですね。「おしゃれなところに住んでいる設定」だと、都心高層マンションや大手の設計事務所による豪邸などが多いようです。現在の多くの人たちに建築家物件に住むことに憧れや価値はないということを示しているようで、なんだかな~と思いましたとさ。

 

 

マネーショート 華麗なる大逆転(2015年、アメリカ)

映画の感想文

マネー・ショート華麗なる大逆転 (字幕版)

題名になっている「空売り」を始め分からない用語だらけでして、しかも作中でそれを分かりやすく伝えようとしてくれている気遣いも感じたのですがまあ正直分からなくて、出来の悪い学生になったような気分でした^^;それでも、よくショーアップされていて抜群に面白かったですね。ハリウッド映画のこういうそつのなさは素晴らしいと思うんだけど、自分が分からないということが恥ずかしいなあと思いました。分からないものも積極的に摂取していきたいです。

登場人物がみんなハイテンションになっている広告代理店マンみたいな人ばかりで、両者に近いものがあるのか?!と思いました。大量のお金を扱い、自分もお金がある、けれど明日は分からないという状況が似ているのかな。もちろん、証券マンの方がよほどがけっぷちでお金をグルグル回している状況だとは思うのですが。彼らもまた、ある種の虚業なのかもしれませんね。

 

シン・ゴジラ(日本、2016年)

映画の感想文

【映画パンフレット】 シン・ゴジラ SHIN GODZILLA 監督 庵野秀明 キャスト 長谷川博己、竹野内豊、石原さとみ

映画単体でこれだけはてブ*1がついたものはマッドマックス以来ではないでしょうか。いや、国内だからかマッドマックス以上のように思えます。というわけで、ちょっと時間ができたので見に行ってきました。今時期は「ゴースト・バスターズ」「ターザン」「ファインディング・ドリー」「ジャングルブック」など見たいものがたくさんあって目移りしましたが、私の前にチケットを買ったお姉さんが澄んだ声で「シンゴジラ」と頼んだので、気づいたら私も同じチケットを買っていました。会場は70%入りくらいで、「水平も垂直もスクリーン中央ど真ん中」といういつも狙っているシートに座れました。私にとっては初めての経験だったのですが、エンドクレジットが終わるまでほぼ誰も立ち上がりませんでした。すごく面白かったし、エンドロールもある意味とても面白かったのでそうなったのでしょうね。

※ネタバレあり

 

***

 

想像と違って、モンスターパニックものというよりはお仕事映画だったのが新しくて興味深かったです。ひたすら書類をコピーし、ハンコを押す公務員たちがかっこよく見える映画なんて今まであったでしょうか?事件の裏にある仕事の困難さや鮮やかな解決を見せる映画はたくさんあるけど、この映画のように不要に見える会議や肩越しの指示、役職が変わったことを執拗に見せていくスタイルは見たことがありません。役職名の白抜き明朝体大写しなどはギャグでしょう。「あの人は幸運だったから昇進できた」とか、「昇進には響かないので自由に発言してもらいたい」などのセリフがまた…。これは私のようなサラリーマンには非常に響く形で、不思議と半沢直樹を見ている時と同じ気持ちが起こりました。一人の英雄が躍進するストーリーよりも、組織力で打開するストーリーの方が日本には合っているのかも、とサッカーの国際試合などを見ていても思います。

「俺がいなくなっても、次の人間がいくらでもいるだろ」というセリフも「私が死んでも変わりはいるもの」を思い出させて、悲しいけどそれが現実よね~と思ったり。入れ替え可能であることは組織にとって大事なことで、例えば長谷川さんが死んで違う人に入れ替わり、当たり前のようにヤシオリ作戦を成功させる話だったら徹底してるなあと思ったでしょうね。庵野監督はそういう世界から一番遠い所にいると思われるのに、どうしてこういう面白さが表現できるのかとても不思議でした。

 

また、日本語が不明瞭でめちゃくちゃ速いため、何を言っているか分からず雰囲気でつかむだけということが特に後半多くなってきます。わざと言葉を重ねさせて分からないようにしている所もあります。「駆け込み女と駆け出し男」の時にも感じたのですが、不要でも全部のセリフを拾いたい勢としては字幕が欲しい。どうやら3時間の脚本を2時間に縮めるためにセリフを速く言わせているそうです*2

これはどっかで聞いたぞ…と思うと、マッドマックスでした。マッドマックスも全編80%を占めるアクションシーンを早送りしているらしく、だからこそあれだけのスピード感と情報量を感じることができるのでしょうね。短い動画視聴に慣れている現代人にとっては、多少分からなくなっても情報量が詰め込んであって流れが速い方が面白く感じるのかもしれません。

「落ち着き払っている悪役や大統領」などがおらず、全員もれなく焦っているというのも良いなと思いました。誰か一人に感情移入することはあまりない作品なんですが、その場の雰囲気にはのまれましたから。平泉成さんは例外的にまったりとしたトークを許されて(?)いましたが、そこだけ雰囲気が変わるのもまた良かったです。アメリカに対して超イエスマンなところもとぼけてて面白かったです 笑

 

唯一、かわいいかわいい石原さとみさんが変な役をやっていたのはよく分かりませんでした。長谷川さんや竹ノ内さんなど日本人役の日本人が日本英語をしゃべっているのはいいけど、仮にもアメリカ人として生きている女性(しかもクオーター?)があんなだったらおかしいでしょう。石原さんがどうとかではなく、単純にハーフに見えるネイティブスピーカーを起用すればいいのにと思いました。

 

最後になりましたが、ゴジラさんです。怖くて無敵に見えるのに、痛みも感じる不思議な存在でしたね。米軍からの攻撃に参って火の塊のようなものをおえっと吐くシーンがツボでした。そこから「あれ?僕光線が吐けるよ?」みたいな感じで一気に攻撃力が増します。

私は前情報を極力排除して観たので、ゴジラの動きが野村萬斎さんだということさえ知りませんでした。エンドロールを見て、「え?KREVA?前田敦子?えっ野村萬斎!?いなかったよ!?」と思いました^^;気になったのは、幼体のゴジラも野村さんだったかどうかです。私は地味な役で有名人起用などと聞くと「費用対効果はどうだったんだろう」などとゲスく考えてしまうタチです。マエアツさんは、そういう対象だったのかな~。絶対に失敗できないという東宝の気合を感じました。ゴジラは幼体のとき以外はゆったり歩くだけだったので、野村さんもただの宣伝要員なのかな?と思っていました。ところが幼体ははいつくばってグネグネ動き、ビルに飛び乗ったりするので、コレも野村さんならすごいな。全く違う姿に劇的に成長していく様子はたまごっちやポケモンみたいで、これも日本ぽいのかも。

それから、口から吐く放射線ビーム(?)はもとより、背中から出る光線の絶望感!モンスターパニック映画はCGのリアリティや破壊の規模なんかよりも「ちゃんとモンスターに絶望できるか」ということがずっと重要だと思うのですが、このゴジラには相当絶望させられました。見慣れた街、タワーが破壊されていくのも理由の一つなんだろうけど、あの光線で首相以下が全滅したときは「あああ…終わった…」とマジで思ってしまいました。

最後のしっぽは何なんだろう?人間がまとわりついた禍々しいものがついていたような気がします。牧先生のエピソードを鑑みると、今まで核の犠牲になった人の霊が宿っているのかなと思いました。

 

長くなりましたが、エンタメとして普通に面白いのに普通の映画っぽくなく、いい意味で日本謹製映画らしいなあと思いました。

 

 

*1:はてな社のサービスでウェブページをブックマークしコメントできるもの。

*2:http://bylines.news.yahoo.co.jp/sakaiosamu/20160812-00061026/