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「名作住宅」と住まわれ方

デザイン・建築 考え事

先日、ご縁あってとある名作と言われる住宅にお邪魔しました。住宅自体もさることながら、印象に残ったのは住まわれ方です。隅々まで住んでいる方のセンスの良さが光っており、けして熱心に掃除や整理をされているわけではないのですが、何気なく積み上げられた箱や保存食のカップ麺、面白そうな本や漫画、窓際に立ててある歯ブラシまで心地よく感じられるようでした。ほとんどモノの洪水といっていいほどモノだらけでしたが、一つ一つは気取っていないけど機能的でいい物ばかり。住んでいる方の優しげな雰囲気と相まって、なんとも言えない良い雰囲気をつくっていました。

住宅が名作だから何を置いてもセンス良く見えたのか?住人がセンスが良いので、良い空間に感じたのか?答えはこの2つの間のどこかにあるんだと思います。ただ、住人の住まい方というのはつまりインテリアだとも思うのです。住宅くらいの規模だと、手に届く、目の届く範囲内に置いてあるモノが住空間に大きな影響を与えるのは間違いありません。とりわけこの住宅は外部との境界線以外、壁も柱もないシンプルな構成だったので、置いてあるものの存在感が強く空間を支配しているように感じました。住む人が変わったら、印象がガラッと変わってしまいそうでもあります。

名作住宅の中にも、建築の方が印象に残っている物件もあります。住宅の建物としての構成が面白くて、それによって視線や気配が操作されているもの。例えば、HOUSE N梅林の家森山邸などでしょうか。置かれているモノが普通であればあるほど、空間の独自性が際立って感じられます。住人が変わっても、家自体の印象はやはり「建物とその構成物:柱、壁、光」であろうと思います。

ごくプレーンな、がらんどうの家にセンス良く住まれているのを見るのはとても良いものですが、シンプルさのつくる価値というのはほとんど住人の手にゆだねられていると思います。魅力的な人が作った空間が魅力的だったということです。個人的には、「建物だけの魅力」が大きい住宅に住んでみたい。使いにくい壁や階段と戦うことになっても、外階段や変な導線を歩かされても、作り手の意図した風景を見せられ続けることは、きっとおもしろい。そういう住宅は、究極的には廃墟になっても良いものであり続けるんだと思うのです。