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春休みも後半戦

学童をとっくにやめてしまった娘ちゃん。春休みは一体どうするかと思ったが、そういえば塾を始めてたんだった!慌てて春期講習に申し込む。

とはいえ、塾は午前中で終わってしまう。まぁ午後は家でまったりしてもらいますか、と思っていたが、娘が祖父母の畑仕事を手伝いに行くというので、どうぞどうぞと毎日見送っている。最近娘と関わりが少なくなっていたじいじばあばも喜んでいるので、よかったよかった。

思い返すとじいじばあばは娘の新生児期をずっと手伝ってくれて、幼児期もことあるごとに頼っていたものだった。最近はめっきり年を取って、あまり息子については頼らずに来たが、娘のほうは今でも祖父母と仲良し。

毎日とれたての葉物野菜やアスパラガス、タケノコなどを持って帰ってきてくれる。ありがたい。はじめは仕事を卒業してから始めた家庭菜園みたいなものだったのに、気づけばかなり本格的になってきている。今では完全無農薬になっているらしい。単純に、すごい。

 

娘はだらだら過ごすのがイヤらしく、わざわざ自分で「今日の時間割」を書いてTODOをこなしている。コンクールが見えてきたピアノの練習にも力が入る。春休みは宿題がないので、自主的にテキストを引っ張り出してきて解いている。図書館で借りてきた難しそうな本を読む。そしてもちろん日課のYOUTUBEもしっかり見る。えらい!

 

えらくてすごい娘とじいばあをしり目に、母たる私は体力の限界を感じ、家から一歩も出ずにデスクワーク。お尻から根っこが生えたかのようだ。行ってきまーすと別れてから、ただいまーと帰ってくるまで見た目も位置も変わっていない母を見て、娘は苦笑い。

「昼ごはん、ちゃんと食べた?」と、娘。

「食べた。と思う。いや忘れてた。そういえばめっちゃお腹空いてきた。」と、私。

娘はうんざりして半目になっている。

 

最近何にもやる気がなくなってきており、昨年はあんなに毎日行っていた花見も今年は無視。木がピンクだからって、何がめでたいのだ。緑とどう違うのだ。

料理も凝っていたのに、最近はマンネリ。食材を見ても何もときめかない。栄養があるならなんだって良いじゃないか。

 

思うに、やることが多くて心が忙しなくなっているのだ。

 

強制的に何もできなくなって、逆に時間がゆったり流れたコロナ初期の頃を思い出す。あの頃は食事も風景も全部がキレイに見えた。

今は逆になんでもやれるし、子供も増えてやることがたくさんあるので、一瞬止まって花を見る余裕がない。人生の中では、今が一番充実して、記憶しておくべきものがたくさん目の前を通り過ぎているはず。もったいない…。せめてもっとマメに記録を撮っておきたい。旅行にでも行って、何もできない空間に置かれて記録だけ撮っていたい。

OJTはリモートでできるのかという話

リモートワークは人による向き不向きがあると思うんだけど、業務による向き不向きもある。
その一つに、「新人研修」があると思う。

リモートでの新人研修の難しいところは、ひとつながりの仕事の全体像がつかみにくいところ。企画書を書いてもらう、とか、それをプレゼンしてフィードバックをもらう、とかはできるんだけど、その業務のその一端しか見ることができない。
クライアントに会ってみれば、担当者との雑談を通してや、他の部署のクライアントと話すことで、仕事の全体像が見えてきたりするし、社内で他の部署の人と話すことでも分かることがある。

仕事の全体像が抽象的にしか分からないので、振ってきた仕事をこなすだけになってしまいがちだし、ひとつの仕事を他の仕事と関連付けることが難しいんだと思う。新聞を読まずに欲しいニュースだけスマホで見るのに似ている。

自分自身を振り返ってみても、今現在やれている仕事は、今までの色んな人やモノの情報の集積の上でできているところが大いにあり、全くの新規の仕事とか、それほど深く知らないままリモートになってしまった案件はけっこう苦労している。苦労、というか、深く関わっていくのが難しく、表層的にこなしているような感じ。うまくいけば何の問題もないんだが、うまくいっていないとすればその理由はこちらの理解不足だったり、あちらの信頼不足にある。

プレゼンをさせてもらうのも苦労していて、今までだとフォローしながら新人にプレゼンさせてもらえていたところが、そうはいかなくなっている。これはけっこう致命的で、プレゼンは場数を踏んだほうが良いので、それができないとなると上達が遅れてしまう。

新人さん側がどう感じているかというと、意外と普通で、スタートからリモートなので何も不自由はないそうだ。私が勝手に焦っているだけのようなので、これはこれでニューノーマルってやつなのか…と思ってみたり。私が担当しているのはとても優秀な新人さんなので、なんだかもったいないような気もする。

先日は久しぶりに出社してのOJTだったので、仕事は置いといて、一緒に社内のあいさつ回りをしてみた。何度かテレビ会議で一緒になっている人でも、直接会ってみると、一緒にやっている案件ではなく、プライベートな雑談が始まる。「いつもありがとう」など、今まで一度もテレビ会議で言われていないセリフが出てくる。
これが何かの役にたっているのかは分からないんだけど、このあいさつ回りの後に、さっそく新人さんに直接仕事の相談が来たそうだ。やっぱり会ったことのない人に仕事を頼むのは難しいよな…と、当たり前のことを実感。

引っ越し話と、働き方が激動した5年間について

もうずいぶん前に感じるんですが、緊急事態宣言の日(!)に引っ越ししていました。

何度も「やめた方がいいのだろうか」「今ならキャンセルできるのだろうか」と思い、不動産屋さんや大家さん引っ越しやさんにも連絡取っていたのですが、どこも「やります」ということだったので、そのまま。引っ越しって1か月以上前に決めるので、2月末時点ではまさかウィルスで世界が変わるなんていうSFじみた事態を予想もしていなかったのでした。

 

果たして引っ越し当日に宣言(予告)が出て、「いよいよオワタ」という気分で引っ越し開始。気分は夜逃げ。地道にパッキングしていたので特に問題はなかったのですが、やはり大ごとなので、新居班(わたし)と旧居班(夫氏)で分かれて1日作業でした。7年ぶりの引っ越し、たかが200mしか移動しないとはいえ、想像の10倍疲れた。ものが少ない方と思っていたけれど、ずいぶん捨ててもまだあります。

引っ越しやさんは部活の先輩キャラの青年で、中年たる私たちの方が「ハイ先輩」という気持ちでついていきました。引っ越しやさんがさわやかに去った後も、片づけは山ほどあります。暗くなってからも、段ボールの山の前でいつまでも開封作業をやめられない私を夫氏が引きずっていき、ご飯を食べたことを思い出しました。引っ越しで2キロくらい痩せた気がする。もう思い出したくない…。引っ越しは当分いいです。

 

***

 

旧居、見つけたときは「ちょっと背伸びした家賃だな」と思いながら、でも眺めがいいし、バルコニーで子供が遊べるかも!と思って思い切って選んだものでした。

夫氏は起業したばかりで、自宅の1室を事務所に使っていました。スタッフも出入りしていました。

娘は、一人で過ごせない、よく泣く赤ちゃんでした。

私はワーママが今ほど可視化されていない頃のワーママで、「保育園落ちた日本しね」というネット投稿が社会問題になっていました。男性の1週間以上の育休取得率は1%台。今はどれくらい増えたんだろう?とにかく、普通に見かけるようになりました。懐かしい!この頃のことを思い出すと今でもウルっときます。ブログを一番書いていたのもこの頃だったなー。最初は夫氏への事務連絡だったのに、次第にワーママブログに。はてなさんには感謝したい。

家は保育園があって、駅前で、便利なので長く住んでいたんですが、去年家の前にビルが建っちゃって、それで重い腰を上げました。新居はもっと気に入ったので、ビルが建ってくれてむしろ良かったくらいかも。

 

新居もバルコニーの広さで選びました。

旧居は60平米以上バルコニーだったけど、さすがに使い切れないことが判明したので、新居はバルコニーがもう少し狭くて、室内はもう少し広くて、それから眺望がいいところに。ほとんどリモートワークとなった今、環境がよくなって助かりました。毎日バルコニーに出て、新調したカフェ家具に座って仕事しています。何この天国。

 

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引っ越して思ったことは、時代の激動っぷりです。

夫婦共働きはすっかり定着して、価値観がずいぶん変わりました。飲み会の強制、ハードワークも、いろいろな事件をきっかけに唐突になくなりました。挙句今はリモートワークが定着しつつあるですと…!?衝撃を覚えるレベル。

 

ウィルス蔓延で移動や消費が制限されたことは、私は全く想像できなかったことですが、これをきっかけに古い事務手続きや「とりあえず会って話そう」みたいな習慣がなくなりました。もう少しだけ短かったらここまで激変しなかったと思うのですが、まる2か月以上もこの環境だと、ちょうど月を3回またぐので新しい習慣が定着しやすかったんだと思います。ビジネス環境的には冬の時代ですが、単純に暮らし・仕事環境という目線で見ると、10年前よりはるかに楽になった気がします。ちょうど昨日、その雑感を書いたところ、自然とタイトルは「楽に暮らす」になりました。

 

これからどんな時代にしていくべきなのか、まだまだ模索中ではありますが、なんとなくの慣習や意味のない役割分担に囚われないようにしていきたいです。

不思議な週末と、共働き雑感

ママ友に誘われて、地元イベントみたいなのに行くことになった。アート系でけっこう面白そうなのだという話だ。先に着いたママ友から「こんな様子です」と写真が送られてきたが、体育館のようなところを背景に、パパも子供たちも微妙な表情をしている。一体どんな雰囲気なのだろう?

慌ててタクシーで駆け付けた。最近のタクシーはその人にあった広告が流れるようになっているのだが、普段は奥に座らせる娘をこの液晶の前に座らせてみると、同じカード会社のCMなのにでちゃんと子供目線のバージョンが流れる流れた。子供に対応しているタクシーアドは多くはないのだけど、機会があったら試してみてほしい。(なんのこっちゃ)。

 

会場はだだっ広く雑然と絵が置いてあって、関係者がウロウロしているが始まる気配はない。30分くらいしてようやく代表らしき方がマイクを取った。片言の英語でいっしょうけんめいアーティストたちの紹介を始める。アーティストたちは小学校1クラス分くらいいるので、この紹介だけで1時間くらいかかる。チラシの絵とアー写をご本人と見比べてみたりして、娘と「ゴリラの絵だねぇ」「バナナが空を飛び交っている」などとコメントしながら楽しく過ごした。

ようやく終わったら、なぜかみんなにご飯がふるまわれることに。こちらはお金も払っていないし、関係者でもないのでひたすら恐縮。せっかくなので子どもたちだけ食べてもらうことにした。

その後、輪になって踊ることに。アーティストも含めほとんどの人が振付を知らないので、ポツポツといるやたらとうまい人のまねを後続の人がやって、ウェーブのように踊りが広まっていくというような光景だった。半分くらい外国人の、全く知らない数十人の大人たちだが、子供たちは意外とノリノリ。アジア人アーティストたちはシャイだったが、西欧のアーティストはノリが良く、子供たちに何度もからんできた。

 

ふたを開けてみると、内輪でやっているイベントの打ち上げに勝手に参加したみたいになってしまった。よく考えると、入口のところで「お疲れ様です」などと声をかけられていたのだった!ママ友と「ご飯のにおいを嗅ぎつけてやってきた家族たちと思われたりして」などと笑いあっていたのだけど、振返ってみるとそうとしか見えない…。いちおう、開かれたイベントだったらしいので、地元民がほとんど参加しなかったというのが実際のところなんだとは思うが、シュールすぎる。このママ友はイベントごとに詳しい方なので、かなりレアなイベントを見つけてきたんだと思う。

 

その後、私が予約した近くの店でご飯を食べた。新鮮な魚が食べられるところで、どちらの家族も酒飲みなので大いに進んだ。子供たちはイベントで食べてしまっていて暇そうだったので、適度に切り上げてママ友家へ。そのまま子供たちが遊び疲れて寝落ちするまで、大人は大いに飲んで大いに語った。

話題はほぼ共働き家事育育児分担について。みんな、溜まってんね…。30代という働き盛りの時期に、仕事を優先したい人と子供を優先したい(あるいは、優先せざるを得ない?)人とのバトルがある。仕事を優先したい人の不満は分かりやすいのだが、家族を優先している人の不満は複雑だと思った。家族一緒に過ごせないというさみしさだけではなく、自分はキャリアを犠牲にしているという被害者意識のようなものと(要は、パートナーがズルいと思うこと)、一人で子供とずっと過ごしていると溜まるある種の疲れ、など。子供は基本、理不尽なので、解決されないイライラがたまっていきがちだ。

 

一方で、結婚していない友人と話していると、仕事のグチをずっと聞くことが多い。非効率な同僚の話だったり、考えの合わない上司の話だったり。さらに主婦の友だちだと、夫、それからママ友へのグチ。

 

総合的に考えると、相手に対する不満って「不公平感」に起因するのかなと思う。自分と、自分の近くにいるほぼ対等な相手との「ズレ」。傍から見るとそれほどズレていなかったり、理不尽という程ではなかったりするのだけど、自分から見た世界だと相手ばかりが得をしているように見える。相手と自分が違いすぎると、不思議と起こりにくい現象でもある。

共働きだとますますこの差が狭まってしまうので、ちょっとしたずれが積み重なっていくと決定的な断絶に繋がりやすいように思う。

 

こうやって家族ぐるみで楽しくガス抜きする時間を持ちながら、うまくやっていけたらと思う。

死ぬ前のことばかり考えている

 

最近、死ぬ前のことばかり考えている。死ぬ前と言っても、臨終のときというよりは、老後で体が思うように動かなくなって、思考もゆっくりになっていって、どこかの室内でじっとし始めるようなとき。それが10年続くのか、ほどなくして死ぬのか分からないけれど、そういうとき。

これから20年くらいの自分は、人生で一番体が思うように動いて、お金もたくさん稼げて、遠くまで行ける状態なんだと思う。でも、いまいくら楽しくても、お金をたくさん稼いでも、死ぬ前になったらたぶん何もできない。そして、そんな状態はグラデーションを描きながら近づいてきて、気づいたらどっぷりそうなっているんだと思う。あるいは、病気や事故でいきなりそうなるのかもしれない。

あるドラマ中の、ガンで死にゆく老人の言葉を思い返す。「年を取ると、美しいものが周りを通り過ぎるけれど、どんどん速くなっていって、追いつけなくなる。孫の寝顔を見ていると、その寝息を捕まえて取っておきたくなる。でも、速すぎて捕まえられない。」

 

何となく、自分は「その時」のためにいま生きているような気がする。

 

死ぬ前は、自分が何をしてきたんだろうかとか、どういう存在だったんだろうかとか、そういうことばかり考えると思う。そういう時、今のように、「明日は何が起こるだろうか、やりたい」と思いながら死ぬことは、自分にはないような気がしている。なぜだか分からない。間違っている可能性ももちろんある。

 

その時に後悔しなくていいように、自分の身の回りの人にいい言葉を伝えたい。子供と色んな風景を同じ目線で見ておきたい。自分が考えたことを何かに残して、自分だけのためにそれを見返したい。そう思うようになった。

私は写真を撮ったり思ったことを記録したりするのが苦手だったんだけど、最近は「自分のためだけ」と思って、見返したらこっぱずかしいようなものでも意識して残すようになった。娘とパフェを食べている「いかにも」な自撮りだって撮る。

 

なんでそんなことを考え始めたのか分からないけれど、思い当たるのはいくつかある。

最近、若くしてガンで亡くなる方がよく目につく。同い年の人すらいて、お金がたくさんあって賢くて、力もあったような人もいる。何年もFB上でしか交流がなくなっていた友達がガンになった。毎日投稿される闘病生活をじっと見る。実は、何年か前、ガンで友達を二人亡くしている。頑張って頑張ったのに、最後は脱水しきったようにして亡くなってしまった。自分だけは絶対そうならないなんてことは、ないだろう。

最近、親と衝突した。前から意見が合わないことがよくあって、しばらくはお互い目をつむって何となく過ごしてきたのだけど、色々あって限界になった。私が激怒しているので、めったなことでは動じない両親も動揺していた。なるべくしてなったともいえるが、老いた両親にこんな気持ちを味わわせるのは、果たして正しかったのかいまだに分からない。自分が老いて、子供と取り返しのつかない言い合いになるのを想像したら、心が冷えた。両親と冷戦状態が続いている中、私には写し絵みたいにそのまま娘と自分との関係に見えている。両親が死ぬまでこのままなんだろうかと、心が重苦しい。たぶん、若い相手との諍いならこんな気持ちにならなかったと思う。

ERで働いている知人がいる。子供がたくさんできて、仕事が忙しいだろうにその子たちを連れて毎週末のように旅行に行っている。毎日死を見る生活と、むせかえるような生命感のある子供たちとの生活、頭の中ではどうなっているのだろうかと思う。彼とそういう話をしたことはないけれど、ずっと死を見ていると、強烈な生きている実感が欲しくなるのかもしれない、と勝手に想像してみたりする。

 

とんでもなく暗いことばかり書き連ねてしまったような気がする。

結果的には、「いまを全力で楽しむべし」みたいな明るい結論になっているので、まぁいいか。

しばらくは思い出づくりと思い出残しに精進する。人生は短いのだから、やりたいことは何でもやっておきたい。

働く女性のためのウェブマガジン「りっすん」に寄稿

しました。いつもブログを読んでいただいている方には「またこの話か…」という内容かもしれませんが^^;だいぶ共働き子育てがこなれてきた現状について、3千字ほど書いています。よければ読んでみてください。

www.e-aidem.com

 

 

先週末は、友だちの展覧会を見に 京都に行ってきました。

「作家のいない展覧会」というテーマで、キュレーターという形で笹原晃平くんが企画しています。「作家がいない」って…作家は笹原なんじゃないのー!?と無粋なツッコミを入れに行こうと思ったんですが、普通にいい展覧会だったので楽しんで帰ってきました。

spontaneous.sasahara.info

残念ながら会期は終了。もっと早くに行けばよかった!

わたしはアートに詳しくないんだけど、作品そのものを味わうものと、作り手が意図した文脈や時間・場所などを、見て考えて楽しむものがある気がする。笹原の今回の作品は後者のように感じて、モノの見方を考え直したり、新しい考え方を考えてみたり(ってなんか変な表現!)するきっかけになりました。

 

最近は暇があれば映画の方に行ってしまい、そもそも暇な時間自体めったに発生しないので展覧会に行く機会が激減しています。イカンなあ。

 

 

何にもしなかったお正月のこと

今年は年末年始に6日間お休みがあったのですが、人生で初めて「普通の休み」のように過ごしてみました。今までは親戚で集まったり、義実家に旅したり、実家で食べ過ぎたりしているうちに慌ただしく終わってしまうのがお正月であり、そういうものだと思っていたのですが、完全に自分のペースで過ごしてみるとこんな贅沢な休暇はないなと思いました。

 

なんせ全国でほぼ全員一斉に長期休暇を取っているという、日本では珍しい状態で、実は普段忙しそうな人に会える機会でもあるんです。海外にいる人、日頃忙しくて会えない人、気合入れて会いたい先輩や先生方など、結果的に元旦・2日を除いて27日から4日まで毎日来客がある状態に。小さい子どもがいるので家に人を呼ぶ方がラクで、毎日夫か私がパーティー料理を作りました。これだけ一度につくるとだいぶ慣れて、全く苦になりませんでした。年末なのでお歳暮やお土産にも助けられました。

 

色んな人とじっくり話ができて、改めてもっと勉強しなきゃなあと思ったり、仕事の仕方を見直したり。学生の時は何ということもなく、楽しく一緒に過ごしていた人が、アラサーになってぜんぜん別の環境で部下を抱えたり、所長になったりしているのを見るのは刺激的でワクワクしました。私も目標を持って精進していきたいなと思いましたとさ。ちゃんちゃん。

 

後輩が撮ってくれた我が家が無印過ぎる件

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撮り方でこんなに変わるの?α7とか言うのを買えば私でもこうなるの?

 

人生で初めて初売りにも行ってみました。結論から言うと凡人にはお勧めできません、休憩もままならない人ごみに打ちのめされ、這う這うの体で帰りました。しかも戦利品はお皿一枚(定価)ときたもんだ。無念。

帰りには、これまた初めて正月に店で焼肉を食べました。なぜかと言うと開いている店がそこしかなかったからです。こちらは人が少なく大変良かったです。これからは正月は積極的に外食しようと思います。熟成肉の店なのに、展示されている熟成肉にビビって新鮮肉(っていうのかな?)を食べたのもいい思い出です。

 

年末にはまったもう一つのもの:それは「指原莉乃のさしごはん」。

#1

強面なのに盛り付けが新妻みたいにラブリーな板前さんに、ほとんどご飯をつくったことのないのに生意気な指原さんがビシバシ指導されるという変わった料理番組。手作り感満載の撮影・編集も味があります。九州ローカルの番組みたいですが、アマゾンプライムで一気見できます。

 

そんなわけで、全く締まりませんが、今年もどうぞよろしくお願いしますm(._.)m