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奢ってもらうのが苦手(としか言いようがない)

何でもないこと

 

昔から食事を奢ってもらうのが苦手で、そういう機会はなるべく避けようとしてきた。

社会人になると、今度は「奢ってもらわないと失礼に当たる人」や「会社が会社を奢る(物理的に払えない)」という事例にしばしば出会い、食事会の度に神経をすり減らすようになった。新社会人の頃なんて、ほぼ毎日、昼食も夕食もご馳走になり、かなりキツかった。

自分はなんでこんななんだろうと思うんだけど、嫌なものは嫌なのだ。

 

仕事で返す、後輩に返すという話は分かるし、面子もあるだろうし、食事代というのは自分が全て払うのが当たり前だという人も、存在する。日頃お世話になっているから、食事をご馳走したいということもあるだろう。遠くまで会いに来てくれたから、食事代はこちらが払う、ということもある。男性側が払うべしという価値観の人も多い。

理由は一つじゃないのだ。奢った側にとっての理由は一つかもしれないけど、こちらはそれを推し量るしかない。だから、嫌なんだと思う。その理由がとても分かりやすい時、元から仲が良くて奢り奢られる関係である時などは良いんだけど、そうではない時がほとんどだから。

 

払っていいのか見極めるのも難しい!それをどう示せばいいのかも難しい。支払いの時の微妙な感じを、どうやってこなしているのか色んな人に聞いて回りたい。というか実際に聞いて回ってきたのだけど、やはりみんなそれなりに苦労しているようだった。奢られるのダイスキ!という幸せ者も、いる。そういう人は、御礼の仕方も上手だったりする。

 

さて、奢られてしまった(この言い方どうなのか)時の御礼は、一般的に電話やメールが多いと思うんだけど、これも苦手だった。定型文みたいだとよろしくないと思って一言具体的なことを書くようにしていたけど、いざ自分がそういうメールや電話を受け取ってみると、なんだか面倒くさかった。自分の場合は、「いやー昨日は楽しかったですね 笑 意外な一面を見ました 笑」のようなどうでもいい内容の方が、同じトーンで返せたし、また行ってもいいなと思えた。食事会なんて気楽に過ごしたいことの一つだろうから、相手から「この点が勉強になりました(前のめりっ)」というトーンで来られると、ギョッとしてしまうんだと思う。

 

そんなわけで、未だに奢られるのは苦手。

 

最近目上の方と二人でランチに行くことが続き、奢られストレス(この言い方どうなのか②)が溜まってきている所だった。今日は早めの時間にこっそり先に出て、一人で人気のない喫茶店のようなところで本を読みながらパンを齧った。

 

ああ、幸せだなあ。

 

「これ、奢りなんだろうな…」と思いながら高そうな食事を囲むよりも、美味しく感じてしまう。

なんというか、器が小さいんだろうな、自分(~_~)且~~

 

 

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